ZARD FOREVER

 

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一瞬の逆ベクトル

いわゆるZARDの応援ソング、ハッピーエンドな曲の中に、一瞬だけ逆方向の「言葉」を添えているところに着目してみた。


「孤独な時間抱きしめて
 人は大人になるから」
(『あの微笑みを忘れないで』)

前向きな歌詞の中に、ふと“回想”のようにこのフレーズが挟み込まれる。この「抱きしめて」という言葉。坂井さんの歌詞の中には、「抱きしめて」という言葉が多いような気がする。そこには坂井さんの強い想いが現れているのだろう。


「いくつ淋しい季節が来ても」
(『揺れる想い』)

「揺れる想い」が成就されているさなかの「淋しい」という言葉。逆方向に折り返す“落差”がとても激しい。非常に印象的だ。劇的でさえある。「淋しい」というたった3文字の言葉が、まるでこの歌のためにあるかのように強く心に響く。不思議だ。


「どんなに 離れてても」
(『負けないで』)

この歌詞の主人公は、誰かと「離れて」いるのだろう。人と「離れて」いることは、本質的につらいことだと思う。だから、「負けないで」という日常的で簡単な言葉が、より一層強く目の前に照らし出されてくる。


「ひとりでいる時の淋しさより
 二人でいる時の孤独の方が哀しい」
(『マイ フレンド』)

「悲しい」ではなく「哀しい」と言う。『止まっていた時計が今動き出した』の歌の中では、「悲しい」と「哀しい」が両方登場してくる。なぜだろう。坂井さんの「哀願」という言葉が、時期も背景も全然違うのになぜか浮かんできます。


一瞬の逆ベクトル。ブーメランのように行って帰ってくる“ベクトル”に、私の心はグサっとやられてしまうのです。
  1. 2008/10/05(日) 01:07:00|
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